性淘汰の新しい理論

雌の選り好みの進化について、これらの本でも紹介されている最近の二つの重要な仮説について説明しておこう。

ひとつはイスラエルのザハヴィの提唱する「ハンディキャップ説」である。

この前提になっているのは雌はよりすぐれた生存能力をもつ雄を選ぶべきだということである(そうしない雌の遺伝子はやがて淘汰によって消滅する)。

とすれば、雄は自分がすぐれた生存能力をもつことを雌に誇示宣伝する必要がある。

そこで体の大きいことや色艶のいいことなどは、すぐれた雄であることの宣伝材料になる。

そのような宣伝競争がさらに激烈になったときには、ハンディキャップ説がものをいう。

すなわち、過度におおげさな飾りをもつことが、「生きていくのに邪魔になるようなこんなお荷物をもっていても平気なほど私は丈夫だから、あなたのお婿さんには最適ですよ」という宣伝になるというのだ。

ちょうど競馬で強い馬が重量を背負うハンディキャップ・レースのようなものだ。

フィッシャーの「ランナウェイ説」である。

行過ぎた雄の装飾は誰得なのか

ダーウィンの性淘汰説を要約すれば、雄だけに見られる特別な器官や能力は、それをもつ個体がもたない個体より繁殖上で有利なために、つまりより多くの子孫を残すことを通じて、進化するというものである。

具体的にいうと、ダーウィンは二種類の性淘汰の機構を考えたのだ。

ひとつは雄どうしの争いによるもので、争いの結果により強い雄が雌と交尾する権利を独占することを通じて強い雄の形質が進化する。

鹿の角や、猪の牙などはその典型的な例である(この場合、配偶者の選択権は雄のほうにある)。

もうひとつは、雌の選り好みによるもので、雌がよりすぐれた特徴(美しい、大きい、強い、足が速いなど)をもつ雄を好むことを通じて雄に特有の形質が進化するというものである。

クジャクの尾羽がその典型的な例である。

この二つの性淘汰の機構のうちの後者は、雌に配偶者の選択権を認めるものであるために、まだまったく男性優位であった発表当時(ヴィクトリア朝時代)の社会の意識になじまず、さらに雌の選択を裏づける直接的な証拠も見つかっていなかったために、ほとんど受け入れられなかった。

そして、性淘汰といえばもっぱら、雌をめぐる雄どうしの決闘というイメージで語られてきたのである。

ところが、近年の社会的生物学(行動生態学)の発展にともなって、実際に雌による選り好みがあることが実験的に確かめられ、その進化に関する理論的研究もきわめて興味深い展開をみせている。

そのあたりの詳しい事情については、長谷川真理子著『クジャクの雄はなぜ美しい?』(紀伊國屋書店刊)やヘレナ・クローニンの『性選択と利他行動』(工作舎刊)を参照されたい。

熱に弱い有機高分子を強くする

炭素や水素や酸素からできている有機高分子は、どうしても熱に対して弱くなる。

苦労してつくった高分子でも、短時間で500℃、長時間では300℃ぐらいが限界で、とても耐熱性とはいいがたい。

これに対して、炭素だけでできている炭素繊維炭素とケイ素(-Si-C-)から組み立てた炭化ケイ素繊維などは、1000℃以上にたえる材料として、熱的には金属の針金よりも、すぐれた性能をもっているものが得られている。

なかでも、炭素繊維はじょうぶで、かつ熱に対して安定な繊維という点で利用されるだけでなく、複合材料の重要な組成成分としても注目されている。

鉄でできたロートアイアンは実用性と美術品としての価値を持ち合わせた鉄製品です。

不利な雄の派手な姿はなぜ?

性差が、雄の原理と雌の原理のちがいとに基づいて生まれたものであることが、かくも著しい性差はどのようにして進化したのだろうか。

進化論の提唱者チャールズ・ダーウィンもこの説明には頭を悩ました。

彼の自然淘汰説によれば、さまざまな変異をもつ個体のうちで生存に有利な形質をもつ個体だけが生き残ることによって進化が起こるはずだ。

しかし、鹿の角やライオンの毫はともかく、クジャクの雄の長い尾羽が生存に有利だとはとても思えないし、むしろ邪魔になりそうである。

したがって、その進化を説明するためには単なる自然淘汰とはちがった別の原理が必要になる。

そこで考えだされたのが性淘汰である。

ダーウィンは、『種の起源』を発表してから12年後に『人間の由来と性にかかわる淘汰』(ふつうは単に『人間の由来』と呼ばれる)という本をだした。

この本は人間の進化について論じたものとして有名なのだが、実際には、全体の4分の3が性淘汰を扱っている。

そこでは、下等動物から人間にいたるまでの種々の動物の性差が詳細に検討され、性淘汰の意義が力説されている。

なぜ、雄だけが美しくなったのか?

雄の美しさをいうときにはかならずクジャクがもちだされるが、フウチョウ類もまた美しいのは雄だけである。

なぜこれらの鳥では雄があれほど美しいのに比して雌は地味なのか、そもそも雄と雌のちがい(性差)は何ゆえに存在するのか。

それは古来から生物学者の関心を掻き立てる大きな疑問だった。

雄と雌の区別はもともと生殖における役割の差に由来するものだから、生殖器官が雄と雌で異なるのは当然である。

しかし多くの動物には、生殖とは直接の関係がないのにもかかわらず、雄だけにとりわけよく発達し、ときには過剰とさえ思われるような器官が見られる。

たとえばクジャクの派手な尾羽(正確には上尾筒)、鹿の角、鶏のとさか、ライオンのたてがみ、甲虫の角などである。

これほど極端ではなくとも、高等動物では一般に雄は雌より派手で、体が大きいのがつねである。

もちろん例外はあり、雌雄でほとんど差がない動物もいれば、ごく少数ではあるが、雌のほうが雄より美しい動物もいる。

ファッションと動物のその深い関係を見てみると

1850年代にはイギリスの婦人たちのあいだで植物採集や磯採集が大流行となり、博物学者が行なう講演会には女性が殺到し、アレクサンダー・フンボルトやルイ・アガシーといった博物学者は熱狂的なファンに取り囲まれた。

1827年にはじめて生きたキリンが贈られたときのパリ市民の熱狂は、このような時代の雰囲気をうかがい知る絶好の例である。

このとき、フランスのあらゆる新聞はキリンの記事で埋めつくされ、詩や歌がつくられ、陶器にキリンがデザインされただけでなく、キリン縞を染めたドレス、帽子、ネクタイなどが大流行し、文字どおりファッションとなったのである。

しかし、このような大流行は、捕まえられる側の動物にとっては迷惑でしかない。

ニューギニア諸島にすむ華麗なフウチョウ類(ゴクラクチョウとも呼ばれる)は、その美しい羽毛のゆえに、婦人用の帽子飾りなどさまざまな装飾品として珍重された。

一八~一九世紀には大量に捕獲されてヨーロッパへ運ばれたため(一九世紀末にはパリだけで毎年5万羽ものフウチョウが輸入されていたという)、絶滅が危惧されるまでにいたったが、現在では法律でニューギニアからの輸出は禁じられている。

余談だが、これらの標本がすべて脚を切り落とされていたため、この鳥には脚がないという伝説が生まれ、この仲間の一種オオフウチョウにリンネは誤って〈脚のないフウチョウ〉という学名をつけたというエピソードがある。

ファッションと生物学

博物学者といえば、なりふりかまわず蝶や虫を追い回す変な奴、今風にいえばオタクのたぐいのことで、ファッションとはおよそ無縁の人間と思われるかもしれない。

けれども、一八世紀末から一九世紀にかけての博物学の黄金時代にあっては、博物学とファッションはほとんど同義語であった。

ウォレス(ダーウィンと同時に自然淘汰に基づく進化論を考えだした)やベイツ(擬態の研究で知られる)といった偉大な博物学者が鳥や昆虫の採集で生計を立てることができたのは、彼らの採集品が高値で売れたからにほかならない。

上流階級の婦人たちのあいだで、世界の果てから到来した珍しくて美しい標本を所有し、他人に見せびらかすことがファッションとなっていたからである。

この時代には、新奇なものを求める博物学的精神そのものが流行になっていたのだ。

平均値の高い女、尖った能力突出の男

フランスにおいて落第する生徒のパーセンテージは男のほうが女より数倍高い。

この傾向はおそらく世界的に共通であろう。

この微妙な問題に早急な結論をだすのは危険だが、現実としてある差を無視したり否定するのではなく、その差を客観的な物差しのもとで直視し、そのうえで不当な差別を廃し、むしろその差を積極的に活用する途を探ることこそが、大切なのではないだろうか。

今日では、男が化粧をするし、ピアスもする。

テレビのインタビューでの若者の発言を聞いていると、キレイになりたいという意識は若い女性とまったく同じである。

彼らもサラリーマンになれば、それなりのカッコウをするのだろうが、時代は着実に変わっていて、茶髪のサラリーマンも珍しくはなくなった。

一方で女性は言葉付きからして著しく男性化しており、もはや、若者に関しては男らしさや女らしさという観念は消滅しつつある。

これが社会的な性差別の減少と呼応しているのは確かだろうが、人間の体は長い長い進化の産物である。

たとえジェンダーが消滅しても肉体の男女差はおいそれと消え失せるものではない。

世界中に散ったヒョウの仲間

ヒョウの中に、クロヒョウという全身真っ黒なのが知られている。

ヒョウと別種のように思われがちだが、クロヒョウは劣性遺伝によってヒョウ柄の黄褐色の地が黒変したものである。

光のかげんで、黒地に黒くヒョウの斑紋がくっきりと認められる。

ヒョウと別種というわけではなく、こういうのは変種と呼ばれる。

ジャガーはアメリカ大陸にのみ生息し(中南米)、アメリカ大陸唯一のヒョウ属である(アメリカの覇者といえる)。

ヒョウに似た斑紋をもっているが、ジャガーの場合、背中から脇腹にかけての斑紋がウメの花状の大きな輪となり、斑紋の中央に黒点がみられるのが特徴である(「丸書いてチョン型」)。

一方、ヒョウの斑紋には中央の黒点(「チョン」)はないので、よく見れば容易に区別が付く。

体格はヒョウより大きく、ネコ科の中ではトラ、ライオンに次いで三番目に大きい。

ジャガーにもクロヒョウのような黒変種が見られる。

チグリス川が語源「タイガー」

一方、トラはアジアの覇者である(アフリカにはいない)。

体格もほとんどライオンに匹敵しているが(シベリアトラはライオンより大きい)、ライオンと違って開けた平原には棲まず、森林や茂みで生活している。

またほとんど単独で行動するので、狩猟方法もしげみに隠れて獲物に忍び寄ったり、待ち伏せて獲物を捕らえるといったゲリラ的な方法をとる。

最大のシベリアトラ(オスの体長2.8メートル、体重200~300キログラム)から最小のバリトラ(オスの体長1.4メートル、体重90~100キログラム)まで8亜種が知られている(同じ種でも寒い地域に分布するものの方が大きい)。

しかし、8亜種のうち3亜種までが絶滅し、残りの5亜種も絶滅寸前である。

ヒョウはアジアからアフリカにかけて、ヒョウ属5種の中で最も広く分布する。

このためライオンやトラと生息域が重なるが、ライオンやトラが大さな獲物を狙うのに対し、ヒョウは小型の哺乳類や鳥類を狩るので、食物の競合はほとんどない。

木の上で休んだり、木の上で獲物を食べたり、また木の上から獲物を襲ったりと木登りがうまい。

ライオンやトラに比べるとやや小柄で、動きはずっと敏捷である。

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