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      <title>安心百科</title>
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      <description>安心はしたいものですよね</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>映像の世界とビデオカメラ レンタル</title>
         <description><![CDATA[映像の世界では、「カメラの高さ」イコール「視点の高さ」になります。


ここで私たちは、日頃の視点の高さというものを、改めて意識しないわけにはいきません。


それは、カメラの視点が観客の視点になるからです。


<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">ビデオカメラ レンタル</a>などで撮る映像にはフレームがありますので、観客は画面に写った映像しか見ることが許されません。


だからこそ、観客は映像によって、登場人物になりきったり傍観者になったりすることができるのです(「10登場人物の視点と第三者の視点」参照)。


日常、見慣れている世界を「視点を変えたらどんな見え方をするのか」と考えることも、面白いものです。


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         <pubDate>Wed, 16 May 2012 17:26:09 +0900</pubDate>
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         <title>田を売るなら鶏を飼え　3</title>
         <description>
養鶏熱は大いに高まり、飼養羽数は急増しました。


・・・ところが1927年の世界的大恐慌が、日本の金融恐慌に飛び火し、大不況時代を迎えることになりました。


やがて卵価は暴落しました。


「田圃を売ろうと思えば鶏を飼え」と当時いわれていたといいますが、政府の養鶏振興策に乗った農家は悲惨な目にありました。


そのころ鶏卵は出水町産業組合を通じて出荷していましたが、花木氏はそこから独立して西出水養鶏組合を設立し、出水地区の鶏卵を県外に移出はじめたのは、1940年になってからでした。


そのときの組合員はわずかに8名にすぎなかったのです。


戦後は「農業協同組合法」に基づき、1948(昭和23)年に新体制を組織しました。


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         <pubDate>Tue, 15 May 2012 13:48:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>田を売るなら鶏を飼え　2</title>
         <description>1924(大正13)年頃から花木氏は80羽の成鶏を飼育していましたが、農家の副業としては養鶏がいちばん儲かっていました。


そのころ、「日本食生活史」によると、大正2年の東京歩兵連隊の好きな食物ベスト6は、フライ、カツレツ、コロッケ、焼肉、焼魚、オムレツの順になっていました。


当時、卵はまだ貴重品で、病気見舞いに持っていくのが精一杯でした。


1個の値段は1銭2厘で、豆腐1丁、牛乳1合(180ミリリットル)とだいたい同じだったといいます。


それがいまは卵1個が15円以内となり、牛乳1合50円、豆腐1丁が100円ぐらいなのと比べると、卵が物価の優等生といわれるのも納得できるほどの価格差です。


大正時代には、卵の国内消費量の90%は主として上海から輸入されていました。


そこで1927(昭和2)年に、政府は鶏卵の国内自給を図るため「鶏卵増産5力年計画」を定め、2月には「養鶏奨励規則」を公布しました。


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         <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 13:47:39 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>占いで同じ結果が出たとしても・・・</title>
         <description><![CDATA[いくら占いで同じ結果が出たとしても、それが現実にどのように表れるかはその人次第なのです。

だからこそ余計に、机上のデータや図や式だけで、「こういうことが起こります」と限定することはできないのです。

どんなことにも表と裏の意味があり、裏を返せば逆の意味になりえます。

たとえば優しい人は軟弱に、よく気がつく人は神経質に、自分の意見がしっかりとある人は頑固とも言えるでしょう。

精神レベルが高まる暮らし方をしていると、物事の良い面が出るようになります。

精神レベルが高い人は、ひとつの要素の良い面が表に出てくるようになるのです。

Tさん(占い的には精神病になる要素があった人)は、いろいろなことによく気づく、細かくて繊細な性格の人でした。

これは裏を返すと神経質ということにもなり、それが行き過ぎれば精神を病むことも、たしかにあるかもしれません。

占いで出ていたように精神病になりえる一面はあったのかもしれませんが、Tさん自身の行いや精神レベルなど、いろいろな要素が噛み合った結果、円形脱毛くらいで済んでいるのです。

このTさんの状況に対して、もし占い師が「この人は精神病になる要素があります」なんて言ってしまったとしたら、言われた側はそれだけで不安になるでしょう。

「行き過ぎればこういう可能性もある」などと言うことは、どんな特質に対しても言えることです。

このような事もありますが、占いで自分を知りたい方は、まず、<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いのランキング</a>をチェックして惹かれる占い師を選びましょう。]]></description>
         <link>http://rpjohnson.com/2012/03/post_33.html</link>
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         <pubDate>Fri, 30 Mar 2012 14:20:34 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>田を売るなら鶏を飼え</title>
         <description>すぐれた企業集団には宗教があるといわれていますが・・・


マルイ農協にもそれにふさわしい経営理念があります。


では、どのような過程で生まれたのでしょうか？


マルイ農協は鹿児島県出水市に本拠をおいています。


正門を入ると組合事務所まで長い道路が続き、その昔、海軍に在籍した人なら誰でもそれと気づく、庁舎のような事務所に行き着きます。


ここはもと海軍航空隊、出水特攻基地でした。


それをマルイ農協が買い取り、そのまま事務所として使用しているのです。


出水養鶏協同組合の初代組合長は花木氏で、現組合長の父親です。

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         <pubDate>Sat, 10 Mar 2012 13:46:55 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>身近な金属、鉄</title>
         <description><![CDATA[
<a href="http://www.naldic.co.jp/" target="_blank">ロートアイアン</a>などが身近にある今日のわたしたちの世界では、鉄という金属はあまりにも普通の材料ですが・・・


自動車や自転車などにも鉄は使われています。


わたしはさびの現象には興味をもっていますから、さびのひどい車がないかと目を光らせています。


なんとも不思議なことに、わたしたちの周囲では、それがなかなか見つからないのです。


私の住居の近くに自動車修理工揚があって、いろいろな車が毎目手入れに入ってきますが、バンパーに少しぼつぼつのさびが出ているくらいのは見つかるのですが、これはおもしろい、と思うほどのサンプルがありません。


普通の日本のオーナードライバーが、たいへん自分の車をかわいがるということには、疑いの余地がありません。


自動車メーカーの努力で塗装やメッキがよくなって、もともとさびにくくなったことも確かです。


まず設計にさびやすい部分をつくらないくふうがされてきているし、表面処理も大いに進歩しました。


しかし、やっぱり自動車はさびますね。

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         <pubDate>Thu, 09 Feb 2012 17:44:47 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>自然とたたかう人々　5</title>
         <description>
「生産分野のシェアは縮小し、サービス部門、付加価値部門のシェアが激増してまいります。


・・・つまり、先端技術の進展と人間性の復活への要求があいまって、情報化時代に入り、頭脳産業のソフト部門が重要となってまいります。


卵や肉の単体販売からソフトウェアを応用したより高度な加工食品や総合食品販売の時代へと進み、生産重視よりもソフト技術を付加した物流、商流、加工など重視の世紀へと進みます。


このことを皆さんもよく認識し、意識革命と自己研鑛に励んでください。


そのためのCIです。


私たちは社会とともに新しく生まれ変わったつもりで、12世紀に向かって精進することを確認しましょう」


マルイ農協の母体はまぎれもなく養鶏業、つまり一次産業です。


しかしいまは、総合食品産業、二次産業から三次産業までふくめた垂直統合体に脱皮しようとしているのです。

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         <pubDate>Fri, 03 Feb 2012 13:46:22 +0900</pubDate>
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         <title>自然とたたかう人々　4</title>
         <description>
つぎに企業の好イメージを作るということが挙げられます。


また、いまひとつ重要な効果は競争効果です。


好イメージの企業や商品は、ライバルに比べ優先的に採用されます。


このような認識のもと、マルイのシンボルマークも統一しました。


・・・そして、マルイ農協の字体も統一しました。


さらにマルイ・カラーを赤と黄を基調とした色に決め、車両もすべてこの色で統一しました。


企業理念は『トリの応用でメリットをつくり社会に奉仕する集団』ですが、外部への主張は、『ふるさとの味と心でおつきあい』に決定しました。


社会経済は21世紀に向かって、より速いスピードで変化します。


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         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 13:45:48 +0900</pubDate>
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         <title>自然とたたかう人々　3</title>
         <description>
「私たちは、『トリの応用でメリットをつくり社会に奉仕する集団』だと考えます。


これはグループの根幹となる企業理念です。


いままで私たちは、よりよい卵や肉でより安く消費者に奉仕する生産者集団だ、と思い込んでいたのではないでしょうか。


これは決して間違いではありません。


しかし、21世紀に向けて今日から歩み出そうとする未来は、養鶏というイメージから脱皮し、トリを応用するという意識に変わるべきです。


組合員も鶏を飼ってよい卵や肉をより安く生産するという考え方から、未来の先端技術をトリに応用し、どのようにメリットを作り出すか、そしてそれをもとにどのようにして社会に貢献してゆくかという意識改革が必要です。


鶏を飼うのでなく応用します。


卵や肉を生産するのでなくメリットを作り出すのです。


このことを、全従業員全組合員が一致して認識し、それぞれのセクションで責任をもって行動します。」
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         <pubDate>Sat, 10 Dec 2011 13:45:00 +0900</pubDate>
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         <title>自然とたたかう人々　2</title>
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「心機一転改名してその決意のほどを確認しあい、21世紀に向けて努力するつもりだ。


そして商品のブランド・イメージと名称との整合をはかり、系列会社までの名称統一によりブランド・イメージの向上、浸透をはかりたい。


経営戦略と現在の企業イメージの不整合を是正したい。


・・・以上の3点が組合の名称を変更した理由です」


さらに従業員向けには、つぎのように説明しています。


「CIには3つの柱があります。


一つは、企業がその主体性を確立し明示することです。


私たちのグループの主体性とは何でしょう。」

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         <pubDate>Thu, 03 Nov 2011 13:44:13 +0900</pubDate>
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         <title>自然とたたかう人々</title>
         <description>
「百姓はまずしい、いつもきびしい自然と戦い、黙々と働いている」


「農民を幸せにすることはできないだろうか」・・・


これが組合長の事業に取り組む原点でした。


マルイ農協のもとの名は、「出水養鶏農業協同組合」でした。


それが1984年にCIを導入して、「マルイ農協」に組合の名称を変えています。


ご存じのように、CIとは「企業のシンボルやカラーなどを統一して、消費者に一貫したイメージを与えるための手法」です。


組合長は、なぜマルイなのか、その理由を関係者に送った挨拶状でつぎのように述べています。


「組合員350余名、従業員1300余名のグループになり、組合独自の資本総額も約44億という大企業となった現在・・・


それにふさわしいモラル向上と意識革命が必要です。」


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         <pubDate>Sat, 15 Oct 2011 13:42:55 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>数というもの</title>
         <description><![CDATA[
わたしたちの遠い遠い大先祖たちは、疑うべくもなく、数を数えることに対して手指・足指を大いに活用し・・・


そして5の数、10の数、20の数を知りました。


思うに、5の数、10の数、20の数が世界を通じて共通的に人気のある所以は、実にこのことから発したのでしょう。


数・・・


それは、わたしたちが文明と呼んでいるところの奇妙な混合体に、ずいぶんと古い時代から加えられてきた付加物でありました。


人類が家を建て衣服をつくり、動物を家畜化し、植物を栽培し、そういった一切のことを始めたよりもなお以前の時代から・・・


人びとは数を数えることを、それがほんのわずかの数であったにもせよ、ともかく、すでに数えることを知っていたのです。


げんざい世界の秘境にしか見られないような最も未開な原始的民族といえども、数についてぜんぜん無知であるとは言えません。


このような話が気になるという方は、<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いのランキング</a>もチェックしてください。

]]></description>
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         <pubDate>Fri, 30 Sep 2011 14:52:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>仕事？子育て？　２</title>
         <description>じゃ、何故、最初から入所させてくれないのか。

我々のようにうるさく抗議に行く人のために、最初から少し定員をあけてあるのだろうか。

しかし、入れてくれるというのを断わる理由はない。

喜んで私立のT保育園に入れてもらった。

ただ、ここは、第一希望のI保育園とは違い、やや保育内容が消極的という噂はあったが。

T保育園A組の耕太郎は、保母さんたちから、「大臣さん」「重役さん」と名付けられかわいがられた。

その名は、ベピーラックにすわったとき、その重い体のため、まるで大臣や重役のように後方にふんぞりかえってしまうことに由来する。</description>
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         <pubDate>Mon, 26 Sep 2011 13:34:38 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>コンビニで野菜を食べよう</title>
         <description><![CDATA[外食ならいっそ野菜妙めなどが主菜のメニューを選ぶのもよいでしょう。

コンビニ弁当の場合も同じで、できるだけ野菜の多いものを選ぶことですが、無理なときは別パックのサラダや煮物を。

漬物セット(キュウリやナス、白菜など)は塩分が気になるので、できれば一度水洗いするのがおすすめです。

なお、主菜と副菜の割合は1対2くらいが望ましいのですが、外食はその反対どころか、それ以下になりがちなことも常に意識しておきたいですね。

外食や飲み会が続いたときはサラダや野菜の煮物などを意識的に取り入れたり、<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>などのサプリメントでサポートすることも忘れてはいけません。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 21 Sep 2011 13:20:58 +0900</pubDate>
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         <title>仕事？子育て？　１</title>
         <description>&quot;紺屋の白袴&quot;の例え通り、自分の事件をやる弁護士はあまりいない。

我々夫婦も、自分のもめごとなんてごめんだ。

だから、いくら子どものためとはいえ、大阪府に不服審査請求する気持ちは皆無だった。

しかし、福祉事務所の職員の冷たい態度に腹が立ち、ややおどかしをこめて、「不服審査請求をしようかな」と言ってみた。

わからないものである。

その二日後に、入所決定の通知が来たのだ。

欠員がその間に生じたわけではないだろう。</description>
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         <pubDate>Fri, 26 Aug 2011 13:34:20 +0900</pubDate>
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